塔ノ峰城



形式 尾根城 【位置】
箱根外輪山から伸びる尾根の566mのピーク、塔ノ峰の山上にあり、古道が三方行へ分岐する要衝にある。
年代 北条氏政以降
城主 後北条氏
遺構 郭・土塁・空堀痕跡・食い違い虎口
所在地 箱根町塔ノ澤
訪城日 2007.5.16 2008.2.27



現在城址の手前部分の木が伐採されているので、虎口部と帯郭
の一部が良く見える。


【歴史】
塔ノ峰城に付いて江戸期、貞享三年の『小田原城御引渡記録』では、「北条氏政取立」の城として伝えられている。また『関八州古戦録』に「秀吉公四月湯本真覚寺へ着陣、先隊の勢を分ちて、湯本口・竹の鼻口(片浦口)畑湯坂・塔之峰・松尾岳辺りへ指向、面々に攻立られける」とあり、小田原の役では当城と北にある松尾岳へも豊臣勢が攻めた事が分かる。



【遺構】
久野林道から城址へ向うと、城の直ぐ手前に食い違い虎口の土塁の痕跡があり、道が右左と久ランクしている所を通り、帯郭と土塁を越えて主郭へ入る。この越えた土塁は北側へ周っており、帯郭もそれに添って続く。北東尾根には副郭とその下に空堀の痕跡が残り、更に下へ下りると斜面には坂虎口が残っている。ここに何時の物かは分からないが、十字の様な刻印が入った石がある。南東尾根を下ると腰郭と、その下に空堀だったと思われるテラスが見られる。

小田原の役の時に、小早川隆景と安国寺恵瓊が北東の坂虎口より下がった所の窪地(鍋郭)に陣を張った事が『関八州古戦録』に見え、両人は城に滞在したと思われる。


【左上】久野林道から向かい、城址手前の食い違い虎口。
【右上】食い違い虎口を過ぎると、帯郭(左側)と土塁を越えて城内へ入る。
【左上】三角点のある主郭内部を北東側(水之尾)から見たもの。正面左へ行くと
     阿弥陀寺で、右へ行くと久野林道。
【右上】北東側から副郭(手前)と主郭(奥)を見たもの。
【左上】北東側の空堀。僅かに痕跡が残り、奥には左へ帯郭が伸びている。
【右上】主郭の北側を直線で延びる帯郭。


【左上】久野林道側から下段郭(手前)と上段郭(奥)を見たもの。久野林道が通る部分は尾根が
     くびれているので、塔ノ峰城への侵入を防ぐには良い位置であり、遠構えの遺構と思わ
     れる。
【右上】下段郭の土塁(中央)と帯郭(右)を奥から見たもの。土塁は低くなっている。
【左】下段郭の土塁と帯郭を奥から見たもの。
   帯郭は古道跡の可能性もある。

【道】
小田原市役所から向うと、税務署西の信号を右折し道なりに行き、小田原厚木道路の荻窪インターを過ぎてY字路を真っ直ぐ上る。辻村植物公園とわんぱくらんど、小田原市いこいの森を過ぎて行くと十字路があるので左折し、左の学校を過ぎて道なりに林道を進む。塔ノ峰青少年の家の入口を過ぎ300m程で右へカーブする所の左に、林道へ入るゲートが閉まっている所があり、塔ノ峰への案内板があるのでゲート前へ車を止め、徒歩10〜15分で着きます。